九州大学病院のがん診療

大腸がん

化学療法

大腸がんに対して抗がん剤による化学療法を行う場面は、大きくわけて、切除不能の進行・再発大腸がんに行われる化学療法、および、がん根治術の前後に行われる術前後(周術期)補助化学療法の2つがあります。大腸がんの化学療法は劇的な進歩を遂げてきており、切除不能進行・再発の場合でも、平均的な生存期間が従来の1年程度から、2年〜3年半に向上しただけでなく、従来では切除不能であった高度な転移のある場合でも、化学療法によって腫瘍が縮小し、外科手術による切除が可能となる例も見られるようになりました。また、抗がん剤の選択にあたっては、がんの遺伝子異常の種類に応じた治療や、一部の大腸がんでは免疫チェックポイント阻害薬による免疫療法の有効性が示されるなど、治療の個別化・最適化が進んでいます。

切除不能の進行・再発大腸癌に対する化学療法

切除不能の進行・再発大腸がんに対する化学療法に関しては、新規の抗がん剤が本邦でも多数用いられるようになり、治療成績は向上してきました。抗がん剤は、殺細胞性抗がん薬、分子標的抗がん薬、近年登場した免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれるものの3系統に分かれます。後の【化学療法の個別化】の項でも述べますが、免疫チェックポイント阻害薬は、高頻度マイクロサテライト不安定性を有する一部の大腸がんに対して用いられます。切除不能の進行・再発大腸がんには、まず、殺細胞性抗がん薬、分子標的抗がん薬の2系統の薬を組み合わせて治療を行うことを考えます。殺細胞性抗がん薬には、オキサリプラチン、イリノテカン、5-FUなどがあります。それに抗がん剤の作用を助けるロイコボリンをそれぞれ組み合わせたものが、FOLFOX療法とFOLFIRI療法になります。どちらも薬剤を約48時間かけて点滴する方法ですが、中心静脈注射ポートと、飲料用ペットボトル大のインフュージョンポンプと呼ばれる器具を用いることで外来通院での治療が可能となっています。また、オキサリプラチン、イリノテカン、5-FU、ロイコボリンの全てを組み合わせたFOLFOXIRI療法を行う場合もあります。これらの治療に加え、中心静脈ポートなどの器具を用いず、外来での点滴と、5-FU、ロイコボリンにかわる内服薬(カペシタビンまたはS-1)の組み合わせによる治療も可能で、オキサリプラチンとカペシタビンによるCapeOX療法、オキサリプラチンとS-1によるSOX療法、イリノテカンとカペシタビンによるCapeIRI、イリノテカンとS-1によるIRIS療法などあります。これらの治療法は効果の面でほぼ同等と考えられており、順序を問わず5-FU(またはカペシタビン、S-1)、オキサリプラチン、イリノテカンの3剤で十分に治療することが大切と考えられています。ただ、年齢や体調、病気の進行速度を考慮して、5-FUやカペシタビン、S-1のどれか1つの殺細胞性抗がん剤を用いる場合もあります。
分子標的抗がん薬には、血管新生阻害薬(ベバシズマブ、ラムシルマブ、アフリベルセプト)、抗EGFR抗体薬(セツキシマブ、パニツムマブ)、抗HER2抗体薬(トラスツズマブ、ペルツズマブ)、BRAF阻害薬(ビニメチニブ)などがあり、がんの遺伝子変異の種類に応じて使い分けがされます。また、免疫チェックポイント阻害薬(ペムブロリズマブ、ニボルマプ、イピリムマブ)も、がんの遺伝子変異の結果によって使用可能な場合があります。
いくつかの治療に抵抗性になった場合、体調や臓器機能が良好に保たれている方には、トリフルリジン・チピラシル(TFTD/TPI)やレゴラフェニブという抗がん剤が使用可能です。これらの薬剤は、腫瘍を十分に縮小させるほどの効果が出ることはまれですが、病状進行を遅らせることで延命効果があることが知られています。

術前後(周術期)補助化学療法

臨床病期Ⅲ期の大腸がんには、根治的な手術の後に一定期間の化学療法を行うこと(術後補助化学療法)で再発する可能性をより低く抑えられることがわかっており、当院でも術後状態に問題がなければ補助化学療法をお勧めしています。5-FUとロイコボリン、内服薬のUFTとロイコボリン、カペシタビン、S-1のいずれかの治療や、5-FUとロイコボリンとオキサリプラチンを組み合わせたFOLFOX療法や、カペシタビンとオキサリプラチンを組み合わせたCapeOX療法を行います。状況によってはII期の大腸がんに補助化学療法を行うこともあります。また、術前に化学療法を行うこと(術前補助化学療法)もあります。

大腸がんのうち直腸癌では根治切除後に局所再発が問題となることがあり、欧米では術前に化学放射線療法が広く行われています。国内でも状況によっては術前化学放射線療法や、術前化学療法を行う場合があります。大腸がんでは、臨床病期Ⅳ期で遠隔転移巣があっても、完全切除が可能な場合には個数にもよりますが肝転移や肺転移を中心に切除を考慮することがあります。それにより長期生存につながる場合もありますが、一方で切除後の再発率も高いため、病巣の広がりや合併症の有無などを総合的に考慮し、患者さんごとに最良と考えられる治療計画を提案しています。

化学療法の個別化

大腸がんの化学療法では、いくつかの治療薬について効果を予想できるものがあります。抗EGFR抗体薬(セツキシマブ、パニツムマブ)に関しては、がん細胞のRAS遺伝子、BRAF遺伝子検査を行うことで、治療前から効果の期待できない患者さんを診断することが可能です。また、抗EGFR抗体薬使用についてはこれら遺伝子検査に加え、大腸がんのできる場所によっても分子標的薬の効果が変わる可能性も報告されており、治療選択の参考にすることがあります。BRAF遺伝子変異を有する場合は、BRAF阻害薬であるビニメチニブを含んだ治療薬の組み合わせによる治療を考えます。HER2遺伝子異常がある場合は、抗HER2抗体薬(トラスツズマブとペルツズマブ)による治療も選択肢に入ります。さらに、高頻度マイクロサテライト不安定性を有する大腸がんに対して、免疫チェックポイント阻害剤であるニボルマブ、ペムブロリズマブ、ニボルマブとイピリムマブの併用が使用できるようになっています。高頻度マイクロサテライト不安定性を有する大腸がんは、臨床病期Ⅳ期では全体の5%未満と少ない割合ですが、免疫チェックポイント阻害薬の高い有効性が示されています。また、遺伝子パネル検査が保険適応になり、がんでどのような遺伝子異常が生じているか調べられるようになりました。このような遺伝子パネル検査も、患者さんの状況に応じて行っています。

当院では、これらの治療法よりもさらに有効な治療法、あるいは副作用などの負担がより少ない治療法を開発する目的で多数の臨床試験を実施しています。臨床試験に参加するには、事前に病状・体調等の審査を通過する必要があり、すべての患者さんが参加できるわけではありませんが、担当医から案内があった場合には、ご一考いただけますと幸いです。

用語解説

化学療法 : 化学物質によってがんや細菌その他の病原体を殺すか、その発育を抑制して病気を治療する方法
免疫チェックポイント阻害剤 : 免疫療法のひとつ。がん細胞により抑制されていた免疫機能を活性化させる。
病期 : 疾病の経過をその特徴によって区分した時期
化学放射線療法 : 抗がん剤と放射線を組み合わせて行うがんの治療方法
分子標的薬 : 癌に関与する遺伝子や遺伝子産物を標的とした薬剤による治療法。