九州大学病院のがん診療

乳がん

外科的治療

乳がんの手術治療(初期治療の手術)は、乳房への乳房部分切除術あるいは乳房全切除術が選択されます。乳房全切除術が行われた場合、乳房再建を追加する選択肢もあります。また、腋窩(脇の下)リンパ節に対しては、センチネル(見張り)リンパ節生検や腋窩リンパ節郭清を行います。

1.乳房温存手術あるいは乳房切除術について

現在の乳がん手術には、①治療として局所のがんを取り除く、②病理検査結果からがんの性質を判定する、という2つの意味があり、その標準的な術式は、乳房部分切除術、あるいは乳房全切除術です。乳房部分切除術は、乳房を部分的に切除し(大胸筋と小胸筋も残して)がんを取り除く方法で、乳房全切除術は、大胸筋と小胸筋を残して、乳房全体を切除する方法です。乳房温存療法(乳房部分切除術後に温存した乳房への放射線療法も併用した場合)が、乳房全切除術と同等の治療成績を得られることが示されました。日本においても1986年頃から乳房部分切除術が行われるようになり、2003年には約半数を占める乳がん患者さんに乳房部分切除術が行われるようになりました。しかし、乳房部分切除術ではがんを遺残させないことが大前提であり、がんの広がりが大きく、乳房部分切除術では整容性が保てない場合には、乳房全切除術が選択されます。九州大学病院では、病状(ステージ、しこりの大きさや広がりなど)を手術前検査(マンモグラフィ、エコー、CTMRI針生検、細胞診)により充分に把握し、乳房部分切除術と乳房全切除術の利点と欠点をご説明し、患者さんのご希望(preference)等を相談しながら、ひとりひとりに最適な術式を提案します。

2.乳房温存手術がすすめられる病気の状態(適応)について

乳房部分切除術は、ステージⅡ期(しこりの大きさは3cm以下)までの人にお勧めできる手術です。また、非浸潤性乳管がんの人でも選択肢の一つになります。乳房部分切除術を受けた場合には、術後に適切な放射線療法を行うことが重要(一部の例外を除いて原則として必須)です。
乳房温存療法とは、乳房部分切除術と温存乳房への手術後の放射線療法を組み合わせた治療法のことで、乳房部分切除術のみや放射線療法のみの治療はお勧めできません。乳房部分切除術に適したしこりの大きさは、日本のガイドラインでは3cm以下と考えられています。しかしながら、がんを完全に取りきることができて、良好な整容性が保たれる手術が可能であると判断された場合は、3cmを超えるしこりに対しても乳房部分切除術を行う場合があります。逆に、以下①から⑤のいずれかに該当する場合は、乳房部分切除術の適応とならず、乳房全切除術をお勧めします。(①2つ以上のがんのしこりが、同じ側の乳房の離れた位置にある場合、②乳がんが広範囲にわたって広がっている場合、③温存乳房への放射線療法が行えない場合(妊娠中、過去に同じ部位への放射線療法の既往、一部の膠原病の合併等)、④しこりの大きさと乳房の大きさのバランスから美容的な仕上がりがよくないことが予想される場合、⑤患者さんが乳房部分切除術を希望しない場合)

3.センチネルリンパ節生検について

画像診断や触診などで腋窩リンパ節への転移がなさそうだと判断された場合は、センチネルリンパ節生検を行います。センチネルリンパ節に病理検査で転移がないか、あるいは転移があっても一定の条件を満たす場合は、リンパ節の郭清を省略することが可能です。センチネルリンパ節生検とは、腋窩リンパ節の中で乳房内から乳がん細胞が最初にたどり着くと考えられるリンパ節(センチネルリンパ節)を摘出し、がん細胞があるかどうか(転移の有無)を顕微鏡で調べる検査です。
九州大学病院では、センチネルリンパ節を、放射性同位元素(わずかな放射線を発する物質、アイソトープ)および色素を併用して同定(見つけだすこと)しています。色素のみを用いてセンチネルリンパ節を同定するよりも、放射性同位元素と色素を併用する方法がより同定率が高くなるといわれています。具体的には、手術前日に乳輪に微量の放射性同位元素を注射し、また手術直前に色素を注射します。手術の際には、放射性同位元素が検出されたり、色素で染まったりしたリンパ節(センチネルリンパ節)を摘出して、手術中に転移の有無を、病理の専門の医師が顕微鏡で調べます(約30分程度)。センチネルリンパ節にがん細胞がなければ、それ以外のリンパ節にも転移がないと考えられますので、腋窩リンパ節郭清を省略できます。一方、センチネルリンパ節に転移がある場合でも、一定の条件を満たす場合には腋窩リンパ節郭清を省略することが可能となります。

4.腋窩リンパ節郭清について

手術前に腋窩(脇の下)リンパ節に転移があると診断された場合は、腋窩リンパ節郭清を行います。一方、手術前に腋窩リンパ節に転移がないかまたは疑いと診断された場合は、まずセンチネルリンパ節生検(3参照)を行い、センチネルリンパ節への転移の有無を調べます。転移があった場合、一定の条件を満たす場合以外は腋窩リンパ節郭清を行います。
リンパ節郭清とは、リンパ節の取り残しがないように、周りの脂肪も含めて一塊に切除することです。切除後に脂肪の中からリンパ節を取り出して転移の有無を病理検査で調べます。腋窩リンパ節を郭清する意義は2つあります。1つは腋窩リンパ節への転移の有無、およびリンパ節転移の個数を調べるという「診断」の目的です。もう1つは、再発を防ぐという「治療」の目的です。リンパ節転移個数が多いほど再発の危険性が高くなることが知られており、腋窩リンパ節郭清を行うことで転移個数を知ることは、術後の治療方針を決めるために重要であると考えられます。

5.乳房再建について

乳房再建とは、乳房全切除術が行われた場合、手術によって失われた乳房を乳腺外科医と形成外科医が連携して再建する方法です。乳房再建の方法については、①人工乳房(インプラント)による再建、②自家組織による再建があります。乳房を失うことによって精神面や肉体面の問題を感じる人にとっては、乳房を再建することによってそれらの問題が改善される可能性があります。一方、乳房を再建することによって再発が増えたり、再発の診断に影響したりすることはありません。乳房再建を行う時期としては、乳がんの手術と同時に再建手術を行う場合(一次再建)と乳がんの手術後に改めて再建する場合(二次再建)があり、乳がんの進行の程度によっては、二次再建のほうが望ましい場合もあります。
①人工乳房(インプラント)による再建は、組織拡張器(エキスパンダーという皮膚を伸ばす袋)を胸の筋肉の下に入れて、その袋の中に生理食塩水を徐々に入れて皮膚を伸ばし乳房の形に膨らませます。その後、エキスパンダーを人工乳房(インプラント)に入れ替えるという方法です。乳房全切除術の時にできた傷で再建の手術を行いますので、新たに傷はできません。感染を起こした場合には、エキスパンダーや人工乳房をいったん取り除いて感染の治療を行うことがあります。
②自家組織による再建は患者さんの体の一部の組織を胸に移植する方法で、お腹の組織を移植する方法(腹直筋皮弁法)と、背中の組織を移植する方法(広背筋皮弁法)があります。

①②いずれも、保険での治療が可能になりました。

参考書

  1. 日本乳癌学会/編:乳癌診療ガイドライン1治療編2022年版、金原出版株式会社、2022
  2. 日本乳癌学会/編:患者さんのための乳がん診療ガイドライン2019年版、金原出版株式会社、2019
  3. 乳腺腫瘍学第4版、金原出版株式会社、2022
  4. Jay R. Harris 他:Diseases of the Breast(14版)、2009
用語解説

センチネルリンパ節 : がんの転移をおこす際に、一番最初に到達するリンパ節
CT : コンピュータ断層法。身体の横断断層を撮影する特殊なX線装置
MRI : 強い磁石と磁気を利用して体の内部を検査する機器
針生検 : 針を用いて肝臓などの体内臓器を穿刺して組織を採取する方法
皮弁 : 血流のある皮膚・皮下組織や深部組織のこと