九州大学病院のがん診療

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造血器悪性腫瘍

薬物治療(悪性リンパ腫

悪性リンパ腫には非常に多くのタイプがあり、患者さんごとに症状や経過が大きく異なります。治療を必要とせず経過観察できるものや胃のピロリ菌の除菌のみで寛解にいたる軽症のものから、日単位で急激に進行し強力な抗がん剤治療を速やかに行う必要がある重篤なものまで様々です。したがって、悪性リンパ腫を治療するうえで、このタイプを正しく判定することが極めて重要となります。そこで当院では、臨床医・病理診断医・画像診断医が一堂に会した月例検討会で診断を決定しています。この会には久留米大学の病理医にも参加をしていただき、より正確な診断がなされるような取り組みを行っています。
このように多彩な悪性リンパ腫ではありますが、その治療もさまざまな方法があります。病気の場所が体のごく限られた部分にある場合には、放射線治療を選ぶこともありますが、病気が広がっている場合には内服や注射による全身化学療法が選択されます。

全身化学療法の代表的なメニュー(「レジメン」と呼びます)として、CHOP療法(シクロフォスファミド、アドリアマイシン、オンコビン、プレドニゾロンの4種類を用いる)がありますが、このCHOP療法のように複数の薬剤を組み合わせて治療することがほとんどです。そして、これらの治療を2〜4週間を1つのコースとして、数コース繰り返すことが一般的です。初回の治療は、腫瘍の量が多くて身体に負担がかかること、また治療による副作用を見極める必要があることから、入院で行うことが多いですが、その後は外来で治療継続するレジメンも多くあります。

上記のような古典的な抗がん剤は、リンパ腫に高い効果を示すものの腫瘍細胞のみならず多くの正常細胞にダメージを与えることから、種々の副作用をもたらします。治療中の脱毛や強い吐き気など多くの方がもつ「抗がん剤」のイメージはこのような事実に所以しています。しかしながら、近年では科学の発展によって、腫瘍細胞だけがもつ特徴を標的にした治療薬、「分子標的薬」が数多く登場してきており、リンパ腫の治療が変わりつつあります。例えば、B細胞というリンパ球から発生するB細胞系リンパ腫の場合、腫瘍細胞はその表面にCD20という蛋白をもっており、これに対する抗体治療薬であるリツキシマブが2000年頃開発されました。リツキシマブをCHOP療法とともに用いるレジメン(R-CHOP)で、B細胞性リンパ腫の患者さんの生存率は大きく向上しました。さらに最近では、B細胞リンパ腫が生きていくために必要なシグナルを標的とした薬剤(ブルトン型チロシンキナーゼ阻害薬(BTK阻害剤) など)も登場しています。同様に、長らくホジキンリンパ腫の代表的なレジメンであったABVD療法(アドリアマイシン、ブレオマイシン、ビンブラスチン、ダカルバジン)は、近年ブレンツキシマブベドチン(CD30という抗体に抗がん剤が結合した薬剤)が初回の治療から使えるようになり、特に進行期の若い患者さんでは、ブレオマイシンをこれに置き換えたA+AVD療法が用いられるようになっています。

T細胞系リンパ腫の1つである成人T細胞性白血病/リンパ腫(ATL)の治療も大きく変わりつつあります。この病気は母乳によって伝播するウイルスが原因で起こるため、地域性が強く、九州地方に患者さんが多くみられます。残念ながら、ATLは抗がん剤だけで治すことが難しいため、全身状態が良い患者さんでは同種造血幹細胞移植(大量の抗がん剤・放射線治療のあとにドナーさんの造血幹細胞を移植する)を行っています。しかしながら、移植をすることが難しい、特に高齢の患者さんに対する治療法はほとんどありませんでした。ただ、近年では、ATLの腫瘍細胞表面にあるCCR4抗原を標的としたモガムリズマブという抗体治療薬や、レナリドミドやバレメトスタットという新たな内服薬が登場し、高齢ATL患者さんに対する新たな治療オプションとして期待されています。

さらに近年では、このような分子標的薬に加え、腫瘍細胞を攻撃する免疫細胞(リンパ球)を注入する細胞治療、「CAR-T細胞療法(キメラ抗原受容体導入T細胞)」がリンパ腫治療を一変させつつあります。この治療は、患者さんの血液からリンパ球を体外に取り出し、実験室で腫瘍細胞を攻撃するように遺伝子組換えによる改造を行い、体内に戻す、という治療です。従来治療と最も異なるのは、生きた細胞を投与するため、患者さんの体内で増殖する点です。CAR-T細胞療法は、びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫や濾胞性リンパ腫などのB細胞リンパ腫の患者さんのうち、R-CHOPなどの標準治療で病気が十分に小さくならなかったり、一旦良くなっても再発した場合などに投与されますが、有望な治療成績が報告されています。当院ではCAR-T細胞療法を積極的に行っており、2023年時点で全国でも屈指の実施数を誇る施設となっています。

以上のように、同じ悪性リンパ腫と診断されてもタイプによって治療法が異なり、同じタイプでも病気の広がりや年齢、全身状態にしたがって治療法が選択されます。さらに、分子標的薬や細胞治療など新たな治療薬が次々と登場してきており、悪性リンパ腫治療の選択肢は確実に増えてきています。内服薬や皮下注射の薬剤など、外来治療に適した治療薬も多くあり、より多くの患者さんが治療の恩恵を受けられる時代になっています。このような多くの選択肢の中から、個々の患者さんが納得のいく治療を選択できるようにお手伝いをさせていただければと考えています。

用語解説

悪性リンパ腫 : リンパ系組織から発生する悪性腫瘍
分子標的薬 : 癌に関与する遺伝子や遺伝子産物を標的とした新しい薬剤による治療法
同種造血幹細胞移植 : 大量の化学療法や全身への放射線治療からなる移植前処置のあとに、ドナーから採取した造血幹細胞を移植する方法