九州大学病院のがん診療

乳がん

内科的治療

乳がんに対する手術前の薬物治療(抗がん剤治療、抗HER2(ハーツー)治療、免疫チェックポイント阻害薬

腫瘍が大きい(3cm以上)場合や、リンパ節転移がある場合、手術後に薬物治療(特に抗がん剤)が必須と思われるタイプの場合は、手術の前に薬物治療を行うことがあります。手術前に薬物治療を行って腫瘍が小さくなれば、不可能だった切除手術ができるようになったり、より整容性に優れた乳房温存手術が可能となる可能性があります。また、手術前の薬物治療の効き目を検討することで、手術後により効果の高い薬物治療を選択できるようになってきました。ただし5〜10%程度の方では薬物治療に反応せず腫瘍が大きくなってしまうことがありますので、その場合は効き目のない薬物治療を中止して次の治療に進むことになります。薬物治療を手術前から行っても、手術後から行っても生命予後という点では差がありません。病状の進行状況に従い、適切な治療スケジュールを計画することが大切です。

手術後の薬物治療(ホルモン治療、抗がん剤治療、抗HER2(ハーツー)治療、分子標的治療薬、免疫チェックポイント阻害薬)

①再発予防の治療がなぜ必要か?

手術によって取り除くことができるのは目に見えるしこりです。目に見えない細かいがん細胞は体に残っていて(微小転移といいます)、それが時間とともに大きくなり再発という形で現れることがあります。乳房以外の臓器に転移・再発すると、病気を根治(完全に治す)することは非常に難しくなります。再発の危険性が高いと考えられる場合は、根治をめざして手術後に薬物治療をお勧めします。

②手術後のホルモン治療
ホルモン治療は腫瘍にホルモン感受性(女性ホルモンの影響を受けて育つタイプ)がある場合に行います。ホルモン治療は女性ホルモンやその働きをブロックすることによりがんの増殖を抑えます。
閉経前の方と閉経後の方では薬が異なります。閉経前の方はがん細胞に女性ホルモンが働かないようにする薬(抗エストロゲン剤)を5〜10年間毎日内服します。また、卵巣の働きを休めて生理をとめる薬(LH-RHアゴニスト)を4週間もしくは12週間や6か月に1回、お腹の皮下脂肪に注射することがあります。
閉経後の方は卵巣からは女性ホルモンはほとんど出ませんが、副腎から分泌されるアンドロゲンというホルモンを脂肪組織などに存在するアロマターゼという酵素が女性ホルモンに変化させます。このアロマターゼを抑える薬(アロマターゼ阻害剤)、または抗エストロゲン剤を5〜10年間内服します。ホルモン治療を5年後も継続するかは、主治医と相談の上決めましょう。副作用は抗がん剤に比べると軽いのですが、更年期症状に似た、ほてり・発汗・けだるさ、子宮の変化が出ることがあります。また特にアロマターゼ阻害剤を内服した時は骨粗しょう症・関節痛といった症状がでることがありま
す。
③手術後の抗がん剤治療
再発の危険性が比較的高いと考えられる場合、またはホルモン療法の適応がない場合に行います。具体的には「リンパ節転移がある」「がん細胞の顔つきが悪い」「ホルモン剤が効かないタイプ」「がんが血管・リンパ管に入っている」「しこりが大きい」「がん細胞の表面にHER2(ハーツー)という蛋白がある」などが目安になります。抗がん剤は種類により1週〜3週に1回点滴します。どの抗がん剤を使うかは再発する危険性、患者さんの体の状態や希望と相談して決定します。抗がん剤の治療は3ヶ月〜約半年かかります。
主な副作用は脱毛・吐き気・骨髄抑制(免疫力の低下)などがあります。脱毛は抗がん剤開始から約2週間で始まり、体中の毛が抜けます。ただし、すべての抗がん剤が脱毛するわけではありません。そして、抗がん剤の治療を終了すると、髪質が変化することはありますが、また生えてくることがほとんどです。吐き気については個人差があります。抗がん剤投与前にアレルギー防止や吐き気止めのお薬を点滴し、点滴終了後も数日間、吐き気止めを内服していただきます。抗がん剤の種類によっては吐き気が出ないものもあります。最近は効果の高い吐き気止めが開発されており、以前に比べかなり抑えることが可能になりました。骨髄抑制は点滴後1週間から2週間後に起こります。抗がん剤治療により細菌・ウイルスと戦うための白血球が減り、感染に対する抵抗力が落ちます。白血球の低下を予防する皮下注射を併用する場合もあります。抗がん剤治療中は十分な栄養をとり、風邪を引かないよううがいなどの工夫が必要です。
④手術後の抗HER2治療
がん細胞の表面にHER2(ハーツー)という蛋白が見られる方が対象です。ハーセプチンやパージェタはこのHER2からの増殖信号を抑える、新しいタイプのお薬(分子標的治療薬)です。3週間に1回の点滴を1年間続けます。最初の4コース(3か月間)は抗がん剤と組み合わせます。副作用はホルモン剤・抗がん剤と比べ軽いですが、初めての治療のときに発熱・血圧低下が見られる場合があるのと、また心臓の働きを抑える場合もあり、投与前・投与中に心臓の状態を定期的に調べる必要があります。
⑤手術後の分子標的治療
がんの原因となっている特定の分子(タンパク質や遺伝子)をターゲットとして作られた治療薬があり、一般的に分子標的治療薬と呼びます。乳がんにおいては、CDK4/6とPARPという分子の働きを阻害する治療薬(CDK4/6阻害薬とPARP阻害薬)が本邦で使用できます。もともと再発や転移をした方が対象でしたが、手術後の再発を予防するために使用できるようになっています。いずれもHER2蛋白の増加がみられない方が対象です。
リンパ節転移が多いなど再発のリスクが高い場合にホルモン治療との併用でCDK4/6阻害薬であるベージニオを2年間使用します。また、遺伝性乳がん卵巣がん症候群の原因であるBRCA1/2遺伝子変異がある方で再発のリスクが高い場合に、PARP阻害薬であるリムパーザを1年間使用します。
⑥免疫チェックポイント阻害薬
免疫細胞(リンパ球)はがん細胞を攻撃できますが、がん細胞がこの攻撃から逃れるメカニズム(免疫チェックポイント)が発見されました。その一つであるPD-1という分子の働きを阻害するPD-1阻害薬であるキイトルーダ(免疫チェックポイント阻害薬)が再発の予防として使用できるようになっています。トリプルネガティブというタイプの乳がんでかつ再発リスクが高い方が対象です。手術前から抗がん剤治療と併用し、手術後も3週ごとに9回投与します。免疫チェックポイント阻害薬は、免疫に関連した特殊な副作用(免疫関連有害事象)を伴うため、定期的な検査が必要となります。

再発に対するお薬の治療

手術を行った後にしばらくしてから、体の中に残ったがん細胞が徐々に増え、再発という形で現れることがあります。その際がん細胞は全身に広がっていると考えますので、原則として全身治療すなわちお薬の治療を行います。薬の治療は、がんの広がりや乳がんの性質に応じて選択されます。がんが乳房以外の臓器に転移している場合には病気を完全に治すことは困難です。がんがこれ以上進行しないようにすること、転移によって出る痛みなどの症状を和らげ、なるべく日常生活を支障なく送ることができるようにすることが治療の目標となります。治療にあたっては治療効果と副作用のバランス、そして何よりも患者さん自身のご意見が重要です。日ごろから担当医とよくコミュニケーションをとり信頼関係を築くことが非常に大切になります。
用語解説
免疫チェックポイント阻害薬 : 免疫療法のひとつ。がん細胞により抑制されていた免疫機能を活性化させる
骨髄抑制 : 抗がん剤などによって骨髄内の正常血球細胞の産生が障害されること
分子標的治療薬 : 癌に関与する遺伝子や遺伝子産物を標的とした薬剤による治療法