九州大学病院のがん診療

肝がん

はじめに

肝臓から発生する癌を「原発性肝癌」と呼び、この中には、肝細胞から発生する「肝細胞癌」と胆管細胞に由来する「胆管細胞癌」が含まれます(このふたつ以外の癌は極めてまれです)。肝細胞癌は、肝硬変や慢性肝炎を背景として発生することがほとんどですが、日本は先進国の中では、B型肝炎ウイルス・C型肝炎ウイルスの保有率が高い国として知られています。従って、日本における原発性肝癌の大半は、肝細胞癌で占められます。

肝細胞癌の発生を抑制するためには、肝炎ウイルスの感染者を減らすことが重要です。C型肝炎ウイルスについては、副作用の少ない経口薬だけの治療が主流となり、90%以上の確率でウイルスを排除することが可能になりました。この治療薬によって、C型肝炎ウイルスの感染者は急速に減少しています。また、B型肝炎ウイルスは、出産時の母子感染をワクチンで防ぐことにより、感染者を減らすことに成功しています。感染が起こってもウイルスの増殖を抑制する経口治療薬が著効することが増えてきました。

C型・B型肝炎ウイルス感染者数の減少に伴って、我が国の肝細胞癌の患者数も、減少に向かい始めています。厚生労働省の統計では、2005年をピークに肝癌による死亡者数は減少に転じており、2019年の部位別癌死亡者数では、肺・大腸・胃・膵臓についで5番目となっています。最近の肝細胞癌の患者さんの特徴は、高齢化とC型・B型肝炎ウイルス感染者以外からの発癌です。特に最近注目されているのは、脂肪性肝疾患(steatotic liver disease)から発生する肝細胞癌です。肥満・糖尿病を背景とするmetabolic dysfunction associated steatotic liver disease(MASLD)、metabolic dysfunction associated steatohepatitis(MASH)から発症する患者数が増加しており、生活習慣病の一つと考えられます。

肝細胞癌は多くの場合、肝硬変の患者さんに発生します。肝臓は本来予備能力の高い臓器ですが、肝硬変が合併していると、肝予備能(肝機能)が低下し、肝切除が不可能になることが少なくありません。そのため、肝切除以外の治療法、すなわち、肝動脈塞栓療法・焼灼療法(ラジオ波・マイクロ波)・エタノール注入療法などが考案され、普及しました。どの治療法を選択するかは、肝機能の程度や癌の進行度などを総合的に考慮して決定されます。また、新しい薬剤が使用可能となり、治療の選択肢が広がりました。従来の外科治療では対処できなかった症例についても、薬物療法を行った後で外科治療が可能となる場合もでてきました。肝移植においても我が国独自の新基準が適応となりました。

このように多様な治療法が可能となったため、外科・内科・放射線科が協力して治療に当たる体制が不可欠です。当院では、異なった背景を持つ個々の患者さんに対して最善な治療が行えるよう、各科が緊密に連携して診療を行っています。

用語解説

予備能力 : 肝臓がもっている、ある程度の障害も修復できる性質。
エタノール注入療法 : 超音波で確認しながら腫瘍に針を刺し、エタノールを注入することでがん細胞を壊死させる方法
ラジオ波焼灼 : 腫瘍の中に電極針を挿入し、高周波(ラジオ派)により誘電加熱し、癌を凝固壊死させる治療法