九州大学病院のがん診療

膵がん

内科的治療

膵がんに対する治療方針

現在の日本における膵がんの治療方針は、2022年版膵癌診療ガイドラインの膵がん治療のアルゴリズム(右図)に基づいて行われており、当院でもそれに準じて治療を行っています。

膵がんでは、病期により外科的治療法、(化学)放射線療法化学療法(抗がん剤治療)が選択されます。重要な動脈への腫瘍浸潤や遠隔転移を有するもの(cStage Ⅳ)には化学療法が行われます。また、近年は切除可能膵がんであっても術前・術後に化学療法を施行するようになっています。ここでは膵がんの標準的な化学療法を紹介いたします。外科手術や放射線治療(化学放射線療法を含む)は、それぞれ該当の項をご覧ください。

膵がん化学療法の歴史と実際

1990年代前半まで有効な治療法がなく、1990年代後半に塩酸ゲムシタビン(商品名:ジェムザール)が登場して、膵がんに対する化学療法は大きく進歩しました。我が国では2001年に保険で認められました。さらに、胃がんなどで用いられるS-1(商品名:TS-1)が2006年に認められました。2010年代に入るまで、日本では主としてこの2つの薬剤が使われました。その後、塩酸ゲムシタビンにエルロチニブ(商品名:タルセバ)を併用する治療(2011年)、4種類の抗がん剤を併用するFOLFIRINOX療法(2013年)、塩酸ゲムシタビンにアルブミン結合型パクリタキセル(商品名:アブラキサン)を併用する治療(2014年)が次々と認可されました。2020年3月には切除不能膵がんの2次治療としてイリノテカンをポリエチレングリコールで修飾したリポソーム製剤(nal-IRI、商品名:オニバイド)に5-FU+レボホリナートを併用する治療法が承認されました。新規治療法の開発により、膵がんに対する化学療法は近年進歩しています。いずれの化学療法も病状により入院もしくは外来で導入し、副作用の程度を見ながら患者さんごとに投与方法の調整をしていきます。投与方法が安定すれば、外来で治療継続します。以下にそれぞれの概要を示します。

⑴ 塩酸ゲムシタビン+nab-パクリタキセル(アブラキサン)併用療法
塩酸ゲムシタビンとnab-パクリタキセル(アブラキサン)を同じ日に点滴で投与し、その治療を週1回3週間続けて投与し、4週目はお休みとなります。1回の点滴時間は2時間程度です。

⑵ FOLFIRINOX療法(オキサリプラチン、レボホリナート、イリノテカン、フルオロウラシル)
FOLFIRINOX療法は上記4種類の抗がん剤を併用する治療法で、1日目にオキサリプラチン、レボホリナート、イリノテカン、フルオロウラシルが投与され、2日間フルオロウラシルの持続静注を行い、2週間毎に繰り返します。48時間(3日間)かかるため、中心静脈ポートの造設(中心静脈カテーテルを挿入し、皮下に埋め込む処置)が必要となります。この治療は副作用や体に与える負担が比較的大きく、日本では副作用軽減のためにイリノテカンを減量し、フルオロウラシルの急速静注を省略した方法(modifiedFOLFIRINOX療法)を用います。

⑶ ナノリポソーム・イリノテカン(オニバイド)+5-FU+レボホリナート(LV)併用療法
投与方法はFOLFIRINOX療法と類似します。1日目にオニバイドを90分、LVを30分かけて投与し、5-FUを46時間持続静注し、2週間毎に繰り返します。この治療法は2次治療(一つ目の化学療法の治療効果が不十分であった場合や、その副作用が強く出た場合の次の治療法)としてのみ使用可能です。

これまで述べたように、膵がんの化学療法には複数の方法があり、どの治療法を用いるかは患者さんの年齢、全身状態、元々の持病、などで異なります。担当医とよく相談し、一緒に治療法を決めていくことが非常に重要となります。また、近年はがんゲノム医療も盛んに行われています。患者さんの腫瘍組織や血液中の腫瘍細胞の遺伝子情報を詳しく調べて、特定された遺伝子異常に対する薬剤を投与する方法です。代表的な薬剤としては免疫チェックポイント阻害剤であるキイトルーダやPARP阻害剤のリムパーザがあります。膵がん患者さんではそのような遺伝子異常が見つかる可能性は高くはありませんが、もし、見つかると高い治療効果を示す場合があります。遺伝子検査のタイミングは保険で決められていますので、主治医とご相談下さい。

副作用

副作用は個人差がありますので代表的な副作用と重篤な副作用を以下に示します。

共通する副作用は嘔気、嘔吐、便秘、下痢などの消化器症状、倦怠感、食欲不振、発熱、皮疹等です。
多くの場合、内服や点滴等で改善しますが、症状が強い場合は抗がん剤の減量や中止を行います。このほかに、血液を造る骨髄機能が抑制される骨髄抑制(白血球減少、貧血、血小板減少など)や肝障害、腎障害があり、定期的な血液検査で副作用をチェックします。骨髄抑制は投薬量の減量などで対応しますが、必要に応じて白血球を増やす注射、赤血球や血小板の輸血を行います。特にFOLFIRINOX療法や塩酸ゲムシタビン+アブラキサン併用療法は抗がん剤の多剤併用療法となるため、骨髄抑制に注意する必要があります。塩酸ゲムシタビン+アブラキサン併用療法では末梢神経障害や脱毛も高率にみられます。

重篤な副作用には好中球減少による感染症や間質性肺炎、薬物に対するアレルギーなどがあります。間質性肺炎は特に塩酸ゲムシタビン+nab-パクリタキセル併用療法で経験することがあり、投薬の中止や特別な治療(ステロイド治療)が考慮されます。時として命に関わることがあり、早期発見のため息切れや空咳が続く場合は担当医にご連絡ください。

副作用は早期発見、早期治療、抗がん剤の休薬・中止で対応します。予測できない副作用が現れることもありますので、何か気になる症状がありましたら、担当医にご相談ください。

用語解説

病期 : 疾病の経過をその特徴によって区分した時期。
化学放射線療法 : 抗がん剤と放射線を組み合わせて行うがんの治療方法
化学療法 : 化学物質によってがんや細菌その他の病原体を殺すか、その発育を抑制して病気を治療する方法
カテーテル : 体腔や消化器などの体内容物の排出・採取、薬物の注入目的に使用される細い管
免疫チェックポイント阻害剤 : 免疫療法のひとつ。がん細胞により抑制されていた免疫機能を活性化させる
骨髄抑制 : 抗がん剤などによって骨髄内の正常血球細胞の産生が障害されること
間質性肺炎 : 肺にある間質と呼ばれる組織に炎症を生じる疾患の総称