九州大学病院のがん診療

肺がん

内科的治療

肺癌の内科的治療は薬剤を用いた薬物療法が中心です。さまざまな静脈注射、点滴静脈注射、または内服の薬剤が使用できるようになってきました。現在用いられている薬剤は主に、①殺細胞性抗がん剤、②分子標的薬、③免疫チェックポイント阻害薬、④抗体-薬物複合体に分類されます。それらは通常、血液の流れに乗って全身をめぐるため、肺の外に広がったがん細胞にも効果が期待できます。手術や放射線治療が局所的な治療法であるのに対して薬物療法は全身に拡がったがん細胞を抑えることで効果を発揮する全身治療です。ただし、手術や放射線治療を行ったとしても、目に見えない小さながん細胞が残っていることや肺の外に転移している場合がありますので、手術や放射線と組み合わせて薬物療法が行われることもあります。最近は薬物療法の治療成績が向上し、延命効果やQOL(生活の質)の改善が得られるようになりました。

①殺細胞性抗がん剤について
殺細胞性抗がん剤を使用する薬物療法は、化学療法ともいわれます。初回化学療法は通常、プラチナ製剤と言われているもの(シスプラチンやカルボプラチン)を含む2種類の抗がん剤を組み合わせて行います。年齢や状態によっては1種類のこともあります。多くの場合、抗がん剤を何日か投与したあと、薬を休む期間(休薬期間)をはさんだ2〜4週間のスケジュールを繰り返して行います。殺細胞性抗がん剤はがん細胞に作用を発揮しますが、同時に正常な細胞にも作用してしまうために副作用が生じます。一般的に分裂と増殖の盛んな細胞(骨髄細胞、消化管粘膜、毛根など)が影響を強く受けますが、使用する抗がん剤によって副作用の出現の仕方や程度が異なります。また患者さんの体質や体調などにもより個人差があります。軽い副作用については自然に回復する場合がほとんどですが、症状が強い場合には、例えば吐き気や嘔吐に対しては吐き気止めを使用しながら治療を行います。また、患者さん自身ではなかなか気がつかない骨髄抑制(白血球や血小板などが下がる)や腎機能障害、肝機能障害などは血液検査で確認を行います。副作用が強く出た場合は、抗がん剤の量を減らすことや、治療を中止することがあります。

②分子標的薬について
分子標的薬は、がん細胞の増殖に関わる特定の分子のみを標的とし、その働きを抑えます。そのため従来の化学療法とは効果や副作用の出方が異なります。現在、ドライバー遺伝子変異/転座陽性の非小細胞肺がんに対して使用されており、それらが検出された方に対しては従来の抗がん剤よりも効果が高いことが分かっています。ドライバー遺伝子変異/転座には、EGFR遺伝子変異やALK遺伝子転座などがあります。(ドライバー遺伝子変異/転座に関しては診断の項目をご確認ください。)

③免疫チェックポイント阻害剤
現在、肺癌に対しては、ニボルマブ、ペムブロリズマブ、アテゾリズマブ、デュルバルマブ、イピリムマブ、トレメリムマブの6つの免疫チェックポイント阻害剤が使用できます。ニボルマブ、ペムブロリズマブはリンパ球の表面に存在するPD-1を、アテゾリズマブ、デュルバルマブはがん細胞の表面に存在するPD-L1を阻害することでリンパ球を活性化する薬剤であり、一部の非小細胞肺がんでは、従来の抗がん剤よりも有効であることが報告されています。また、イピリムマブ、トレメリムマブはリンパ球の表面に存在するCTLA-4を阻害することでリンパ球を活性化する薬剤で、非小細胞肺がんではPD-1またはPD-L1を阻害する薬剤と組み合わせて使用します。現在のところ、PD-1と結合するPD-L1が、がん細胞の表面上にどの程度発現しているかが、これらの薬剤の効果を予測する手段として利用されていますが、完全なものではなく、今後の検討が必要です(PD-L1検査については診断の項目をご確認ください。)。
分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤は、従来の化学療法に比べ、吐き気や嘔吐、骨髄抑制といった副作用は少ないですが、重篤な副作用が起こることが報告されており、この治療を行うかどうかは従来の化学療法と同様に慎重に判断する必要があります。

④抗体-薬物複合体
抗体-薬物複合体は、ターゲットとなる分子を認識する抗体に抗がん剤を結合させた治療薬です。肺がんにおいては、HER2遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんに対して、トラスツズマブデルクステカンという薬剤が抗体-薬物複合体として初めて承認されました。HER2をターゲットとする抗体(トラスツズマブ)に抗がん剤(デルクステカン)が結合しています。この薬剤はがん細胞上のHER2に結合すると、細胞内に取り込まれて抗がん剤を放出し、がん細胞を攻撃します。

上記の①②③④を単独で使用する場合と、それらを併用する場合もあります。治療に関しては主治医の先生とよく相談して決めることが大切です。

肺がんの治療に用いられる主な薬剤
プラチナ製剤 シスプラチン、カルボプラチン、ネダプラチン
プラチナ製剤以外の抗がん剤(注射剤) エトポシド、イリノテカン、パクリタキセル、ドセタキセル、ビノレルビン、ゲムシタビン、アムルビシン、ノギテカン、ペメトレキセド、ナブパクリタキセル(アルブミン懸濁型)
経口抗がん剤 テガフール・ウラシル、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム
分子標的治療薬 ゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブ、ダコミチニブ、オシメルチニブ、ベバシズマブ、ラムシルマブ、クリゾチニブ、アレクチニブ、セリチニブ、ブリグチニブ、ロルラチニブ、ダブラフェニブ+トラメチニブ、エヌトレクチニブ、テポチニブ、カプマチニブ、セルペルカチニブ、ソトラシブ
免疫チェックポイント阻害剤 ニボルマブ、ペムブロリズマブ、アテゾリズマブ、デュルバルマブ、イピリムマブ、トレメリムマブ
抗体-薬物複合体 トラスツズマブデルクステカン
用語解説

分子標的治療薬 : 癌に関与する遺伝子や遺伝子産物を標的とした薬剤による治療法
免疫チェックポイント阻害剤 :  免疫療法のひとつ。がん細胞により抑制されていた免疫機能を活性化させる。
QOL : 「生活の質」または「生命の質」。満足のいく生活を送ることができているかを評価する概念
化学療法 : 化学物質によってがんや細菌その他の病原体を殺すか、その発育を抑制して病気を治療する方法
骨髄抑制 : 抗がん剤などによって骨髄内の正常血球細胞の産生が障害されること